ミゾラムからの手紙 |
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横田から近況が届きました(内容を再構成しています)。
旅行から帰ったあとの仕事を報告します。(→旅行編はこちら)。
我が農園
9月7日にミゾラムに帰ってから最初にしたのは自分の畑のチェックです。しかし、野菜は全滅でした。6月末には収穫が始まっていたナスやオクラも切られていました。折角順調に育っていたみょうがも死んでしまい、育っていたのは米だけでした。さすがに水(雨季)に強い!
鶏は雌のNo.1の1羽と雛全部が猫に喰われていました。しかも畑に入らないように教育しておいたのに、鶏は日課のように畑に入る習慣がついてしまい、結局畑に柵を作る羽目になりました。
豚の餌はミゾラム流に変えられていました。完成間近だった豚舎の建築作業は私が旅行に出ている間に全く進んでおらず、散々な状況でした。豚はとても元気で、2ヵ月半の留守にも関らずきちんと私を覚えていて、抱かれたくて擦り寄ってきます。だいぶ大きくなりました。『これだけ成長が早いから肉にされてしまうんだなあ』と妙に納得してしまいます。わずか10ヶ月で80kg(種豚にするので太らせていない)になってしまうのですから。皆さんに評判が良いので写真を添付します。
食べちゃいたいくらいかわいい・・・でも食べられない
現在は豚舎も完成し、使用人に改めて仕事のやり方を教え直しています。
ミゾラムの農民は基本的に斜面の土地を焼いて種を蒔いて待つのみ。農業をやってきたとは言え分からない事ばかりなので教えるのも大変です。農園は段々畑になっているので雨が溜まりやすいのですが、斜面での焼畑しか知らない農民にとっては水はけの問題は考えた事が無いようです。野菜が全滅したのは水が溜まったままにしておいた事が原因のようです。また、家畜を躾ると言う事も全くしないようで、餌だけやってあとはそのまま。死んでしまっても「仕方がない」で済ましてしまうようです。
こちらはまだ雨季が終わっておらず、畑に蒔いた種も流されてしまったり、土が固まって発芽しなかったりと、畑の粘土に悩まされています。
米は地元の品種を試しに作っていますが、背丈が180cmの私と同じになって、播種後130日でやっと穂が出ました。写真を添えます。
130日の稲
今では丈が2mを超えています。こちらでは普通とのことです。土地自体が良くないので収穫は期待していませんが、藁が取れるのが嬉しいです。ミゾラムは、米の殆どを輸入しているため、良い農業資材となる藁や籾殻がありません。州政府が焼畑を止めるために果樹栽培などに転作奨励金をつけているので、米作が滞っているのです。米作りが単に米粒を収穫するだけでなく、農業にとって如何に大切であるかを示していく必要があります。そのためにも常畑での米作りは必ず実現させなくてはならない課題です。この後の冬作には麦や油菜を植えて土壌保全が図れるようにしていく予定です。
養鶏
9月の最終週から鶏の育雛を始めました。一番の目的は鶏糞集めです。ミゾラムはどこでも鶏を放し飼いにしているので、良い肥料となる鶏糞が無いのです。稲と養鶏の大切さを訴えた山岸巳代蔵氏(ヤマギシ会の創設者)には改めて敬服します。
(私はヤマギシ会に対しての信仰は全く持っておりません。誤解の無い様お願い申し上げます。創始者の農業の考え方に対しては感銘を受け、参考にさせて頂いていると言うことのみです。
ちなみに皆さんが日常食べられている豆腐や納豆等の大豆製品で、『国産有機大豆使用』と書かれている大豆の殆どは世界救世教による生産です。味や安全性が高いのはご存知の通りですが、それを食べているからと言って、皆さんが世界救世教を信仰していることにはなりません。)
今養鶏の条件としては地方の農家で、地元で手配できる資料で電源なしで出来る養鶏です。雛を育てるには、温度を保つためにヒーターが必要とされています。通常は電気を使いますが、電気が通っていない地域も多く、町中でも停電は毎日あります。
韓国自然農法のテキストを参考にして、ミゾラム型にアレンジしました。ミゾラムは全て斜面なので、家の床下に必ずスペースがあります。このスペースを利用して鶏舎を作りました。と言っても、前からあった古い牛舎の床下の支柱に金網を張って、土を平らに均しただけです。また斜面に対する支柱ですので、全く平らにする事は出来ず、2段の階段状になっています。
最初は温度が心配だったので、堆肥を埋め込んだ上に育雛箱を置きました。温度は十分だったのですが、臭いを嫌ってか箱に入ってくれず、また、餌も適当でなかったようで、結局70羽中56羽が2週間で死んでしまいました。
次に育雛箱を改良し堆肥も取り除いた箱に30羽入れました。温度は上がらないものの雛が良く育雛箱に入り、体を寄せ合って暖めあい、2週間で2羽が死んだだけでした。これは通常の損失である10%より良い成績です。
結局、育雛に加温する必要はないのでした。これは韓国自然農法のテキスト通りだったのです。余計な心配から多くの雛を殺してしまった事に申し訳なく思っています。
餌は青草60%に米と配合飼料が20%ずつです。青草を良く食べるように躾られたので、出来る限り青草で育てたいと思っています。放し飼い養鶏のほうでは青草と米と麦殻を混合して与えていますが、上位の鶏から米粒を食べてしまい下位の鶏に残されるのは青草ばかりです。しかし、下位の鶏のほうが健康的で美しく、卵も美味しいのです。雛の成長とともに給餌量が増え、青草を刻む作業が追いつかなくなってきていますが、なるべく地元で手配できる餌で間に合わせようとしています。
雛を購入したところはミゾラム州畜産省で、農園の近くに孵化場があるのでよく顔を出しています。ここの獣医はこれまで行なってきたワークショップでも通訳をしてくれたり、準備を手伝ってくれたりととても良くしてくれるのですが、こと畜産に関しては少々鼻が高く、自分達の方針を曲げません。彼らの薦める方法は日本と同じような育雛・飼育です。しかし、当然電気が滞りなく通っている事が前提ですので、それを指摘しても電気は電力省の責任だとして、自家発電・十分な施設と予算のある恵まれた孵化場・養鶏場をモデルに農家を指導しています。
私がヒーター無しで始め、最初に失敗したところ笑い飛ばされましたが、次に成功した時はビックリし、いまだに信じられないようです。また、彼らの推奨するやり方とは異なるので当惑しているようですし、病気対策がなされていないので進められないとの事。これは結果を見るしかありませんが、少なくとも加温無しでの育雛が可能である事だけは認めてもらいたいところです。
下克上
放し飼いしている鶏の間で下克上がありました。
ラブラヴィが猫に食われた後のNo.1のシロ以下、No.2バーバイ、No.3キミ、No.4ヒトミとNo.6チャイが産卵しており、No.5リアニは卵を産まず。No.6チャイは産み始めて間もないので、試しに一番弱い鶏No.4から抱卵させました。と言うより、彼女は賢く、取られてしまう採卵箱で卵を産むのをやめ、採卵箱の下の一番奥の見えないところに隠し産んでいたのでした。
突然彼女が採卵箱の奥にうずくまったため、心配してみたら彼女の下には何と卵がその数9個。私のいない間、如何に使用人がいい加減に仕事をしてきたかが分かると言うものです。誰も雄が彼女を相手にしているところを見ていないものの、試しに孵化箱に移してみたら7羽が孵りました。内2羽はまたしても野良猫にやられ、1羽は病死しました。
その後、No.2とNo.3にも子供が生まれ、No.5は卵を産まないのでカレーの具になって食卓に上りました。
チャイがNo.5となり、最近順調に産卵し現在抱卵中です。しかしこのところ雄が雛の面倒(3羽の女房)に忙しく、残ったNo.1は嫉妬による強いストレスに加え、チャイに喧嘩を売られ負けて以来小屋に戻らなくなり,雨に打たれて衰弱して死亡しました。結局チャイが最下位から一気にNo.1に登りつめたのでした。チャイは若く、以前は一番小さかったのですが、雄のラブラヴァに上手く取り入り、餌も彼の保護を受けて一緒に食べられるようになり、体も大きく美しくなりました。しかし気性も激しく、No.2、3、4が抱卵・子育ての隙を突いて新No.1に喧嘩を仕掛けてNo.1の座になりました。
この鶏は冗談ではなく空を飛びます。私が計ったもので地上3m位の高さを30m滑空します。使用人が見たものはもっと高く長かったとのこと。今は抱卵しているものの、ときどき出てきては奇声を発しながら空を飛んでいるのです。帰国後初めてその姿を見たときには『鷲だ』と思い恐れたものです。
よく考えて見ればミゾラムは東アジアの流れ、つまりこの地方の鶏たちは軍鶏の仲間なのです。軍鶏(シャモ)とはシャム(タイ)のことで、闘鶏はこの軍鶏を使います。殺しあうまで喧嘩する気性の激しい鶏なのです。これでは鶏舎飼いは無理かなとも思いますが、そのうち前述の鶏舎で試してみようと思っています。
しかしチャイはトップに立ったものの、子育て中のNo.2バーバイに喧嘩で負けて現在No.2に陥落。結局、ストレス気味だったNo.1シロを破ったものの、母になって強くなったNo.2バーバイには勝てなかったのです。バーバイは体が一番小さいものの瞬発力に優れており、また狙うところも他の鶏と違って最初から首を攻めます。彼女流の喧嘩殺法です。また、No.4ヒトミが母になったら強くなり、キミに喧嘩で勝ちNo.3に順位アップ。キミが最下位のNo.4に。放し飼いの雌鶏が少なくなって寂しくなりましたが、現在雛が9羽。この雛たちも母親の順位に右往左往させられちょっと可愛そうです。
このミゾラム便りを書いている途中でチャイの雛も7羽孵りました。彼女には可愛そうですが、生まれてすぐに前述の鶏舎の雛と混ぜました。鶏舎飼いが出来るかと、子供を取られた彼女の反応の実験です。幸い、雛のほうは問題なく他の雛たちと仲良く育っており、チャイの方も最初狂ったように子供を捜していましたが、一日で諦めがついた様子です。あとは、他の雛を攻撃しないか、今度はいつから産卵してくれるかを見ていきます。
外敵
それにしても外敵には悩まされています。9月だけでも成鶏2羽と雛2羽が野良猫にやられました。
罠を沢山仕掛けたもののいまだ捕まらず。一度カニ挟みに引っかかったのですが、さんざん暴れて逃げたようです。しかし、性懲りも無くまた現れ、こんどは罠を掻い潜って仕掛けた肉を上手くさらって行きます。これまでにも鷲や蛇に随分やられています。鷲は日本でも良く見るデカイ目玉のデザインを3ヶ所に設置したところ、その後の被害はなくなりました。(雨季のためかもしれませんが)蛇の被害も最近止まっていますが、大蛇はまだ捕まえられた訳ではありません。
雛が5羽行方不明で、ネズミにやられた公算が高いようです。鶏舎の罠によくネズミが引っかかります。ネズミは取っても取ってもキリがありません。こんな事をやっていると,自分が何をしているのか分からなくなります。まるで野良猫、鷲、蛇、ネズミの餌を作ってあげているようです。罠を作ったり仕掛けたりするのにもさんざん時間を取られています。最近は狼もうろついているようですので警戒していますが、実際はどう対処したらよいのか分かりません。
その他、家畜の餌もネズミに喰われるし(本当にいくら捕まえてもきりが無い)、昨年好評だったスナックエンドウの種は雨季の湿気でカビが生えてしまったり(もっともこれはF1だが)、弱肉強食と言うか食物連鎖と言うか、自然の摂理が良く見えます。カビは農園だけではなく、日常の生活でもやられてしまいます。食料品はもちろん、衣服をはじめ、本、コンピューターも(内部は確認していないが)やられてしまいます。
実を言えば外敵の一つに人間もいるのです。所謂盗みです。農園の食器などの小さいものから種などの大切なものまで、何でも持っていかれます。日本から持ってきたメモ帳(タダで配られている宣伝用のものだがインドのものよりずっと上質)もよくやられ、しかたなくわざわざインド産のものを買って置いています。書き留めたものが無くなってしまうので非常に困るのです。こうした何でもないようなものや自分にしか使えないものを盗まれると返って困る事が多いのです。そのため農園にはあまり物が置けなく、その日必要なものを家から持っていくのを忘れると一日仕事が出来なくなったり。
今年5月にクビにした使用人は鶏を食べてしまったり、種を売ってしまったり。種を買った人が『日本語が読めないから』と私のところに持ち込んで発覚という事件もありました。相手が動物ならやむを得ないのですが、人間となると許せなくなります。
プロジェクトエリア
プロジェクトエリアのチンチップ村での常畑への転換中の陸稲は、すぐ隣の焼畑と比べて圧倒的に差がついています。尤もこの農家も、昨シーズン仕事をサボって指示した通りに土地を手入れをせず、折角引いた等高線を無視して種を蒔いたのだからしょうがないのですが。
ミゾラムの農家は、手取り足取り教えないとまず教えたとおりにやってくれません。下手をすると、自分が代わりにやっている状態に陥ってしまいます。時間的制約から途中まで一緒にやって残りを彼らに託しても、そこで終りと言う事が殆どです。来月はまた最初からやり直しです。しかし、隣の焼畑のよく育っている稲を見ると私自身も『焼畑っていいなあ』とついつい思ってしまいます。彼らにとっては私以上に強く思っている事でしょう。今年1年の結果に惑わされないように、また、来年こそ上手くいくように目を離さず見ていかなくてはなりません。これも大変な作業なのです。
また、別の地元のNGOに誘われて、彼らのプロジェクトエリアを訪問しましたが、政府から予算を取ったものの、実際に自分達は何をしたら分からない状態でした。基本的な考え方は政府の方針と代わらないのに、何故これで政府からお金がもらえるのか不思議です。結局このようなお金がみんなの懐に納まってしまうようです。しかし、私は彼らの企画書と交付金を見てしまったので、不正は許しません。彼らのお金を管理して、きちんと使い切るようにどんどん指示して必要な資材を購入させるつもりです。また、プロジェクトの主催者は農業のことは全然分からないのにお金集めは得意なようで、彼と上手く付き合えば農業開発に必要なお金は政府から引き出せそうです。私の新しいパートナーとなれるよう進めていきたいと思っています。
ミゾラムの様子
8月以降、ミゾラムは救世主が現れたと大変な騒ぎ。これは今でも続いています。教会で講義をした後、病気を持っている人の頭を撫でて治すと言うものです。本当か嘘か、医者に行く人も少なくなっているそうです。テレビでは毎日彼の講義と治療風景が流され、人々はテレビにクギ付けになっています。
日本でも30年位前にこの手のものが一時流行りましたが、キリスト教に対する共同幻想もここまで来れば集団催眠に陥りやすいのは火を見るより明らかです。しかしそれを信じている教会も情けない。キリスト教の方には申し訳ありませんが、インド政府からくる交付金(補助金)を神様からの贈り物と信じ、怠惰な生活をしているミゾラム人は、神を冒とくしているとしか言えません。そんなところに救世主がやってくるか?
これらの仕事に加え、9月はアメリカのテロ事件であちこちからメールが回ってきたり、コンピューターがウィルスにやられたり、木酢液の品質について農業省に説明に呼ばれたり、日本での研修に推薦する人の上司に休職許可を求めに交渉したり、またまた車が壊れたり、オマケに停電・豪雨で何も出来なかったり(実はこれが一番つらい)と慌しい日々を送っています。
横田仁志
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